冷蔵庫で成長するきのこ|割れた傘から出てきたもの
スーパーで安売りしていたきのこを、私は特に何も考えずに手に取った。ぷっくりとした傘、ほどよい弾力、何よりパック詰めされていながらもかすかに香る土の匂いが、新鮮さを物語っていた。夕飯のシチューにでも入れようかと買い物袋へ放り込み、その日の夜は別のメニューにしたので、とりあえず冷蔵庫の野菜室に入れておいた。
その時点では、何もおかしなことなど起こっていなかった。
翌朝、野菜室を開けた私は、違和感に眉をひそめた。きのこの傘が開いている。いや、開いているどころではない。昨日の倍ほどの大きさになっていた。成長スピードが尋常ではない。たかが一晩で、まるで何日も経ったかのように、傘が割れかけ、柄もふっくらと太くなっている。正直、気持ち悪さを感じた。
「…まさか、腐ってる?いや、これは……育ってる?」
冷蔵庫という環境下で、どうしてここまで育つのか。しかも、見た目がまるで市販品とは異なる。柄の根元がふくらみ、傘の下には見慣れない繊維状のひだが広がっていた。だが、真に異常だったのは、その次の瞬間だった。
ぼふっ——という音がした。きのこの傘が中心から裂けたのだ。
そこから、ぽん、と飛び出すように現れたのは、身長15センチほどの、明らかに人型の存在だった。
「ったくよぉ!どこにしまってくれてんだ、ここ、寒すぎんだよ!」
……小さなおじさんだった。
灰色の小さな帽子に、キノコ柄のマントを羽織り、足元は苔のようなスリッパ。顔はしわくちゃで、声はやたらと通る。こちらは言葉を失っているのに、彼は続けざまに文句を言ってくる。
「冷蔵庫だぁ?住処にすんのに冷たいっつってんのに、あんた何考えてんの?こちとら新芽の状態で必死に菌糸伸ばしてたのに、いきなりこんなとこ放り込まれてさぁ……」
「……す、すみません?」
「いや、謝るのはいいんだけどさぁ、育成環境ってのがあるでしょ?温度湿度、通気性、光合成はしないけどな?それなりに快適に育ちたいってあるじゃん?」
どうやらこのおじさん、きのこの中で生きていたらしい。きのこ自体が彼の“住居”であり、成長過程で誕生するらしい。菌糸と共生しているのか、それとも彼自身が菌類の化身なのか、そのあたりはうやむやだったが、どうやら私が“彼の家”を冷蔵庫という極寒の環境に放り込んだことが、いたく不満だったようだ。
「まったく、最近の人間は配慮ってもんが足りない。きのこだって生きてるんだよ、命宿してんの。わかる?これぞナマモノってやつ。冷たくすりゃいいってもんじゃない。ちょっとは考えてから行動しなさいよ」
と、ずっと愚痴を言っていた彼は、急に静かになった。
「……まぁ、でも、悪気がないのはわかったからさ」
そして、私の部屋の窓を指差し、
「開けてくんない?」
私は無言で頷き、窓を開けた。冷たい春の風が入ってくると、おじさんはふっと笑い、ふわりと空中に浮かび上がった。そして風に乗って、まるで胞子のように、ひらひらと舞い上がっていった。
「次は室温で育ててよねー!」
その声が遠くで消えたあと、残されたのは割れたきのこの傘と、少し温かい空気だけだった。
私はそれ以来、きのこを買うとき、軽く挨拶するようにしている。
📺 食卓の恐怖をもっと深く体験するなら
Amazonプライムでは、“日常×異常”を描いた短編ホラー映像が多数配信中。
「読む」から「観る」に切り替えて、もう一歩先の恐怖へ。















