赤龍の伝説
昔々、山深い村には、一つの言い伝えがあった。それは、村の近くに住む「赤龍」の話だ。その龍は何十年も前から村に現れ、毎年春になると美しい娘を生贄に要求していた。村人たちは龍の怒りを恐れ、逆らうことなく娘を差し出していた。
今年、その生贄に選ばれたのは、村一番の美しい娘であり、俺の恋人、ミサだった。彼女の長い黒髪と透き通るような肌、そして誰にでも優しい笑顔は、村中の誰もが認めるものだった。しかし、その美しさが彼女を不幸にするとは思わなかった。
「絶対に俺が守る。」そう誓った俺は、龍を倒すために立ち上がることを決意した。
村の長老たちは俺を引き留めた。
「愚か者め。龍に逆らえば、お前の命など一瞬で奪われるだろう。」
だが、俺は耳を貸さなかった。ミサを見殺しにするなんてできなかったからだ。山の麓に住む鍛冶職人を訪ね、剣を打ってもらった。鋼の刃は輝いていたが、それでも心の奥では不安が渦巻いていた。果たして人間の力で龍に勝てるのか?だが、俺にはもう迷う時間はなかった。
龍が村に現れたのは、霧の立ち込める早朝だった。その体は赤銅のように輝き、瞳は血のように赤く光っていた。村人たちは息を潜め、ただ祈るような思いで見つめていた。龍はミサを探すかのように鋭い爪で地面を掘り、低い唸り声をあげていた。
「待て!」俺は剣を手に、龍の前に立ちふさがった。
その瞬間、龍の目が俺を見た。まるで笑っているようだった。人間ごときが何をするつもりなのかと、見下しているようだった。
「ミサには手を出させない!」
そう叫んで剣を振り下ろしたが、龍の硬い鱗には傷一つつかなかった。龍は低い唸り声をあげ、鋭い爪で俺を弾き飛ばした。胸に激しい痛みが走り、血が口から溢れ出たが、俺は立ち上がった。
「お前を倒すまで、諦めない!」
何度も剣を振るったが、その度に龍は冷酷に俺をあしらった。そして最後に、龍の瞳が赤く輝き、俺の体が動かなくなった。
「な…なんだ…?」
全身が固まり、剣を握る手も動かなくなった。龍の目が俺をじっと見つめる中、体が石になっていくのを感じた。足元から徐々に硬くなり、冷たくなっていく。その感覚は恐怖と絶望を同時に味わわせるものだった。
「ミサ…」
最後に俺が叫んだその名前も、誰にも届くことはなかった。気づけば俺は完全に石と化し、その場に倒れ込んでいた。龍は一瞥もくれずに去り、村には静寂が戻った。
ミサは村の祠に連れて行かれ、生贄として龍に捧げられた。その後、村では龍を恐れ、再び毎年の犠牲を受け入れることを決めた。そして俺の石像は村の入り口に置かれ、村人たちの間で「龍に逆らう愚か者の末路」として語り継がれるようになった。
ある日、ミサの妹が石像を見上げながら泣いていた。俺の石の瞳がほんの一瞬、涙を流したように見えたという。その話は村の誰もが聞いたが、信じる者はいなかった。
今も村の入り口に立つその石像は、何十年も風雨にさらされながらも、微動だにせずそこにある。龍は何年も姿を見せていないが、生贄の儀式だけは続けられている。村人たちは龍を恐れ、その怒りを鎮めるために、今も誰かを差し出し続けている。
だが俺は知っている。あの赤い龍は、またいつか戻ってくる。そして次に狙われるのは、俺の魂が封じられたこの石像なのかもしれない。