鏡の中で見た「彼」
俺の地元では、昔から不気味な噂がいくつもあった。特に有名なのは、古い寺院にまつわる話や、夜道で誰もいないのに聞こえてくる足音の噂だ。だけど、子供の頃に一番怖がっていたのは、古い鏡にまつわる話だった。
それは「右向きの儀式」と呼ばれる奇妙な儀式で、どんなに怖がりな奴でも一度は試してみたくなるような簡単な方法だった。儀式の内容はこうだ。まず、自分の部屋やどこか静かな場所にある鏡の前に立つ。体を少しだけ前に倒して、お辞儀をするような形をとり、その状態で右側をちらっと見る。その瞬間、鏡の中に見知らぬ男の顔が映る…という噂だ。
この儀式は「彼を呼ぶ」とされていた。彼が来ると、最初は鏡の中にじっと現れるだけだが、もしその姿に目を合わせたら最後、永遠に付きまとわれると言われている。俺も最初は笑っていたし、友達と「やってみろよ」なんて冗談半分で話していたが、ある日、友人のリョウタが本当に試してみると言い出した。
夜中の儀式
リョウタは、どこか憂鬱そうな顔をしていたが、どこか浮かれているようでもあった。俺たちは夜遅く、彼の部屋に集まり、電気を消して鏡の前に立つリョウタを見守った。鏡の中で薄暗い影がぼんやりと映り、部屋には不気味な静けさが漂っていた。
「まあ、こんなの来るわけねぇよな」とリョウタは笑いながら、お辞儀のポーズをとり、ゆっくりと右側を向いた。その瞬間、彼の表情が一変した。リョウタの目が何かに引き寄せられるように、鏡に釘付けになった。
「おい、どうした?」俺が声をかけると、リョウタは固まったまま返事をしなかった。ただ、口元がかすかに震えているのが見て取れた。何か異常が起こっているのは明らかだった。
鏡の中の「彼」
「リョウタ、やめろよ!」別の友人が叫び、リョウタを引っ張り出そうとしたが、彼は鏡から目を離さなかった。すると、突然、彼の顔に蒼白な色が浮かび上がり、鏡に映る彼自身の表情がどこか違って見えた。よく見ると、彼の肩越しに何かが映っている。
「見えるか…?」リョウタがかすかな声で言った。
俺たちは恐る恐る鏡を見つめたが、確かに彼の背後には、何か異様な影がぼんやりと浮かんでいた。影はゆっくりと彼の肩に手をかけるような仕草をし、リョウタはそれに恐怖を感じながらも、動けない様子だった。
「やめろ、やめてくれ…」とリョウタは弱々しい声で言ったが、その声はほとんど聞こえなかった。彼の視線はまだ鏡に釘付けで、表情はまるで何かに操られているかのようだった。
不可解な変化
その後、なんとかリョウタを引き離し、鏡から遠ざけたが、彼はしばらく放心状態だった。目の焦点は合っておらず、まるで魂が抜けてしまったかのように虚ろな表情をしていた。俺たちはどうしたらいいか分からず、リョウタ二をベッドに寝かせ、その場は解散した。
次の日、リョウタはなんとか学校に来たが、彼の様子は明らかにおかしかった。授業中も上の空で、突然誰もいない方向に向かって話しかけるような仕草を見せた。友達に聞いても、みんな同じ意見だった。「リョウタ、なんか変だよな」と。
その後、彼が夜中に鏡の前で「誰かと会話をしている」という話が家族の間でも囁かれるようになった。リョウタの両親も不安に思い、彼を心療内科に連れて行こうとしたが、本人が頑なに拒否した。彼の口から出る言葉は、どうやら「誰にも見せるな」という謎の囁きに従っているらしかった。
忌まわしい結末
数週間後、リョウタは突然姿を消した。彼の部屋には、彼が最後に使ったとされる鏡が残されていたが、その鏡は異常に曇っており、誰が手をかざしても曇りが消えない不気味な状態だった。彼の家族は警察に捜索を依頼したが、リョウタはどこにも見つからなかった。
その後、ある噂が広がった。リョウタと同じように、「右向きの儀式」を試した者は、みな似たような形で姿を消しているというのだ。特に鏡が異常に曇る現象が共通しており、リョウタの失踪事件は次第に「呪いの儀式」として地元に語り継がれるようになった。
俺もその噂を聞いて、二度と鏡の前で右を向くことはしないと誓った。しかし、夜中に鏡を横切るたび、あの儀式のことを思い出してしまい、背筋が凍るのを感じる。