畳の部屋で見た女
あれは、自分が小学生だった頃のことだ。母と妹、姉と一緒に住んでいた、小さなアパートの一室。どこにでもあるような2階建ての建物で、周りは田んぼと空き地が広がっていた。夜になると、みんなで同じ畳の部屋に布団を並べ、枕を揃えて寝ていた。小さな畳部屋が一番落ち着く場所だったけれど、あの夜だけは例外だった。
その夜、目が覚めた時に気配を感じて、ふと視線を横にやると、畳の隅に誰かが座っているのが見えた。そこにいたのは、白い着物を着た女性だった。顔は見えず、髪が長く垂れ、ただ黙ってこちらを向いている。恐怖で声が出せなかったが、なぜかその場から逃げられず、ただじっと見つめ返すことしかできなかった。体が冷え切ったように固まって、ただただその「女」の影が消えるのを待っていた。
朝になると、恐る恐る姉に「あの女」のことを話した。しかし姉は無言で下を向き、何も答えなかった。それどころか、次第に姉は私に冷たい態度をとるようになり、以前のように気軽に話してくれることはなくなった。それ以来、私は「あの女」について口にすることもなくなり、あの夜の恐怖は記憶の奥底に沈んでいった。
再び蘇る記憶
それから8年後のこと。私は高校生になって、ようやく「あの女」のことは忘れかけていた。ある日の夕方、久しぶりに姉と会う機会があり、二人で話をしていた。何の前触れもなく、姉が突然「あの時、何か見えた?」と尋ねてきたのだ。私が「8年前のあのこと?」と驚いて聞き返すと、姉はうなずきながら、微かに震える声で話し始めた。
「その後も何度か見たの。でも、そのたびに場所が違うのよ」
姉が語ったのは、さらに不気味な話だった。あの時の「女」は、彼女の記憶の中では風呂場に現れたというのだ。彼女の話によると、ある晩、風呂に入っていた時に、カン、カンと鈍い音が聞こえてきたのだという。風呂の入り口の影に、その女がじっと座っていたらしい。
「その音が聞こえるたびに、体が動かなくなった。顔は見えなかったけれど、あの時の恐怖が一気に蘇ってきたの…」
姉の目に涙が浮かび、私は思わず「今でも見るの?」と尋ねた。姉は黙ったまま視線をそらし、代わりにぽつりと「お母さんから何も聞いてないの?」と低い声で問いかけた。意味がよく分からず、困惑している私を見て、姉は一層真剣な顔で続けた。
「お母さんも、あの女を見たことがあるのよ。でも、誰にも話さなかっただけ」
その言葉を聞いた瞬間、背筋に冷たいものが走った。どうして母も「女」を見たことがあるのか。小さなアパートでの出来事だと思っていたのに、母も同じようにあの女を目撃していたという。
知らされる真相
姉からの話を聞いたその夜、私は母に直接「あの女」について尋ねた。すると母は、少し戸惑いながらも話し始めた。
「あなたたちがまだ小さい頃…夜中に家で物音が聞こえるようになったのよ。最初は風の音だと思っていたけど、ある日、台所に行った時に見てしまったの」
母の話では、台所の隅に白い着物の女が座っていたのだという。体がすくみ、その場から動けなかったが、次の日には何事もなかったかのように女の姿は消えていたという。母は、「あれは誰だったのか、なぜうちにいたのか」一切分からないまま、それ以来女を避けるようにその家から引っ越したと語った。
家族全員がその「女」を見た記憶を持っているとは、思ってもみなかった。姉と話したことで、再びあの恐怖が現実のものとして蘇り、私の心には今もあの女が畳の隅に座っている映像が浮かんでくる。















