消えた記憶の向こう側
ある日のこと、ふとした瞬間に奇妙な違和感が私を襲った。私は30代半ばで、子供は一人だけ、6歳になる元気な男の子がいる。それが私の「現実」だ。けれども、その日、何かが引っかかるような記憶が浮かんだのだ。微かな、かすかな記憶――私は双子を産んだのではなかったか? その疑念が頭の中にこびりつき、離れなかった。
最初は夢か何かだと思った。あの混乱していた出産の時の感覚がよみがえってきたのだろう。けれども、ふとした瞬間に、その記憶はより鮮明に感じられる。確かに、もう一人いた。私のお腹から出てきた、もう一つの小さな命。どうして、何もかもが一人の息子しかいない記憶に覆われているのか。
その夜、私は夫にそっと話してみた。「双子だった、って覚えてるのか、変な感じがするんだけど……」と。夫は、少し驚いた表情を見せながらも、首を横に振った。「いや、一人だったよ。君も知ってる通り、俺たちは一人しか育ててないし、そんなことないだろう?」
それでも、私の胸に残る感覚は、まるで隠された真実があるかのように執拗だった。インターネットで調べても、何も出てこない。けれども、記憶は日に日に鮮明になり、私の心を苛んだ。
ある日、息子が幼稚園から帰ってきて、何気なく言った。「ママ、僕のお兄ちゃんはどこ?」。私は凍りついた。「お兄ちゃん? どうしてそんなこと言うの?」と聞くと、息子は無邪気な笑顔で続けた。「夢の中で遊んでたんだ。いつもお兄ちゃんと一緒にいるの。」
その瞬間、何かが弾けるように、私は思い出した。いや、思い出したというよりも、ずっと抑え込まれていた感覚が表に現れた。出産の日、二人目の赤ちゃんを抱いた瞬間、病院の人たちが不自然に慌ただしく動いていた光景が浮かぶ。そして、私に何かを言いかけた医者たちの顔。その後の記憶が曖昧で、気づいたら一人だけが私の腕にいた。
それは記憶の奥底に封じ込められた出来事だったのだろうか? 何かが隠されていたのだろうか?
その後、私は病院の記録を調べ直そうとした。しかし、出産に関する詳細な記録は「紛失」しているという。何かがおかしい。息子は時折、夢の中で兄弟と遊んでいるというが、そんな兄弟は現実にはいないはずだった。
もしかしたら、私の記憶は本当だったのかもしれない。だが、真実が明らかになることは、もうないだろう。消えたもう一つの命。それは私の記憶のどこかに、かすかに残り続けるのだ。