商店街の漢方薬おじさん
それは、俺が大学生の頃の話だ。よく行く近所の商店街には、昔ながらの小さな個人商店が並んでいた。そんな中でもひと際古びた薬屋があって、そこに店を構えるおじさんは、ちょっと変わっていた。彼は、店で買い物をする客に、いつも謎の漢方薬を「オマケ」だと言って配っていたんだ。
薬屋は、棚が埃っぽくて、今時珍しいガラス瓶に詰められた薬草や粉が並んでいる。入り口のガラス戸には、「漢方薬局」と書かれたくすんだ看板がかかっていて、その文字は時間の経過で半ば消えかけていた。俺はあまり興味がなかったけど、商店街の人々から「漢方のおじさん」と親しまれていたらしい。
ある日、俺は大学帰りにその商店街を通っていた。久しぶりに喉が乾いていたので、商店街の薬屋の自販機でジュースでも買おうと足を運んだ。その時、例のおじさんが店先に座っていて、俺を見て笑みを浮かべた。
「お兄ちゃん、ジュース買ったついでにこれ、持っていきなよ。」
彼は小さな紙袋に包まれた何かを差し出してきた。中身を確認するまでもなく、いつもの「オマケ」の漢方薬だろうと思った。俺は苦笑いしながら受け取った。
「これ、飲んでみて。元気が出る漢方だからさ。疲れが吹っ飛ぶよ。」
そう言われても、俺は漢方には特に興味がなかったし、なんとなく胡散臭い感じがしていた。商店街の人たちも、「漢方おじさんは親切だけど、あの漢方は怪しいよ」なんて冗談半分で話していたのを覚えている。
「まあ、試してみるか」と軽い気持ちで家に持ち帰り、その漢方薬をテーブルに放置していた。
その夜、珍しく大学の課題で徹夜になりそうだった。いつもなら夜遅くなると集中力が切れるところだが、あの漢方薬のことを思い出した俺は、ちょっとだけ試してみようと思った。紙袋を開けると、中には黒っぽい粉末が入っていた。おじさんの言葉通り「元気が出る薬」なのだろうか。
半信半疑でその粉を水に溶かし、一気に飲んだ。味は…なんというか、何とも言えない苦みが広がり、正直不味かった。しかし、数分後、体に奇妙な感覚が広がった。どこかスッキリするような、脳がクリアになるような感じだった。眠気も吹っ飛び、気がつけば課題に集中して取り組んでいた。
「あれ?結構効くのか…?」と不思議に思いながら、そのまま朝まで作業を続けた。次の日、課題は無事に提出できたが、妙に気分が重く、頭がずんと重たい。あの漢方薬のせいか?とも思ったが、気のせいだろうと思ってそのまま放置していた。
それから一週間後、俺は再び商店街を訪れた。その時はたまたま友達と一緒だったが、例のおじさんは相変わらず店先で笑みを浮かべ、俺を見つけて手招きした。
「お兄ちゃん、また来たね。こないだの漢方、効いたでしょ?」
「うーん、まあちょっとはね」と俺は曖昧に返事をしたが、内心ではあまり深く考えていなかった。しかし、おじさんは再び俺に紙袋を差し出してきた。
「今回は特別だよ。これ、もっと効くからさ。」
今度は何だろう?と俺は思いつつも、またもらってしまった。その友達も「なんか怪しくない?」と不安そうな顔をしていたが、俺は「ただの親切だろう」と軽く流した。
その夜、同じように漢方薬を飲んでみた。しかし、今度は妙な違和感を感じた。前回とは違って、心臓がドクドクと異常な速さで鼓動し、手が震え始めたのだ。これはさすがにおかしいと思い、すぐに布団に入って眠ろうとしたが、なかなか寝つけなかった。
次の日、俺は再びおじさんの店に向かった。おじさんはいつもと変わらない笑顔で迎えてくれたが、何かが気になっていた。
「おじさん、この漢方薬、本当に大丈夫か?なんか変な感じがして…」
すると、おじさんは少し笑って、「心配しなくていいさ、みんなそう言うけど、体が慣れれば問題ないよ」と言った。俺はそれでも不安だったが、おじさんの言葉を信じるしかなかった。
だが、その後も奇妙なことが続いた。俺の周りの人々が次々と体調不良を訴えるようになり、彼らも俺と同じように、おじさんの漢方薬をもらっていたのだ。
「やばい…」と思った俺は、もう二度とあのおじさんの店には近づかないことを決めた。
しかし、それから数日後、あの商店街にあった薬屋は忽然と姿を消していた。まるで最初からそこに存在しなかったかのように。昔からあるかのようなブティックになっていた。
でも、俺は覚えている。あのおじさんの漢方薬は一体何だったのか。そして、なぜ店は突然消えたのか。あれは現実だったのか、それとも夢だったのか。
ただ一つ言えるのは、あの商店街のおじさんのことを誰も覚えていない。商店街の人たちですら、「そんな店あったっけ?」と首をかしげるだけだった。