格安ダウンジャケット、5,000円!
「格安ダウンジャケット、5,000円!」
この看板を初めて見た時、俺は正直なところ怪しいと思った。どんなに安くても1万円はするはずのダウンジャケットが、その半額以下で売られているなんて。しかも、見た目は普通のブランド物と遜色がないどころか、むしろ質が良さそうに見えた。
「怪しいけど、試してみるか…」そう思って購入してみた。着心地も悪くない。むしろ軽くて暖かいくらいだった。だが、このジャケットが俺の生活に影を落とすことになるなんて、その時の俺には想像もつかなかった。
数日後、職場の同僚が俺のジャケットを見て言った。
「それ、噂の格安ダウンジャケットじゃないか?」
同僚の話では、このジャケットに使われている羽毛が普通のものではないという噂があるらしい。ある人は「羽が異様に軽い。手触りも妙に滑らかすぎる」と言い、別の人は「夜中に着ていると変な声が聞こえる」とまで言っていた。
俺は笑って流したが、その夜、妙な夢を見た。薄暗い工場の中で、何か巨大な生物が羽をむしられている夢だ。そいつの鳴き声は耳障りで、悲鳴にも似ていた。
気味が悪くなり、ネットでそのダウンジャケットについて調べてみると、さらに不気味な情報が出てきた。製造元は「グレー・ファー」という会社で、工場は郊外にあるらしい。しかし、その会社について調べても、まともな情報がほとんど出てこない。公式サイトは簡素な作りで、所在地の住所も実際には何もない空き地だという。
ある掲示板では、工場で働いていたという人物の書き込みがあった。
「夜中になると、工場の中で聞こえるあの悲鳴は何なんだろう。俺には見えなかったけど、何か大きな生物が吊るされていたようだった。羽毛の出所を聞いたらクビにされた。」
その書き込みを見た瞬間、全身が寒くなった。俺が買ったジャケットに使われている羽毛は、本当に普通の羽なのか?
翌日、好奇心を抑えきれず、同僚と一緒に工場へ行くことにした。夜中に到着した工場は、外観こそ普通の建物だったが、妙に静まり返っていた。フェンス越しに中を覗くと、作業員らしき人々が何かを運び込んでいるのが見えた。
「おい、あれ…」同僚が指差した先には、大型の黒い箱がいくつも積まれていた。中身は見えないが、箱の側面に赤い文字で「要注意」と書かれていた。
突然、工場の奥から奇妙な音が聞こえてきた。まるで、金属を擦るような音に混じって、低い唸り声のようなものが響いていた。
「これヤバいぞ…帰ろうぜ。」同僚が怯えた声で言ったが、俺はその場を離れる気になれなかった。好奇心が勝り、もっと近くで見てみたいと思った。
工場の裏口に回ると、施錠されていないドアを見つけた。俺たちは中に忍び込み、暗闇の中をそっと進んだ。薄暗い工場内には巨大な機械が並んでおり、その間を歩くたびに妙な匂いが鼻をついた。鉄錆のような匂いに混じって、何か生臭いものが漂っていた。
突然、遠くの方で大きな音がした。まるで何かが落ちたような音だった。俺たちは息を潜め、音のする方へ進んだ。そこには、巨大なタンクのようなものがあり、中には黒い液体が満たされていた。その表面に浮かんでいたのは、見たこともない奇妙な羽だった。
「これ、なんだよ…」同僚が呟いた。
その時、背後から重い足音が近づいてきた。振り向くと、作業服を着た男が無表情でこちらを見ていた。彼は何も言わずに俺たちを見つめ、その目はどこか生気を感じさせなかった。
「ここで何をしている?」
低い声でそう言われた瞬間、俺たちは一目散に逃げ出した。工場を飛び出し、車に乗り込んで、その場を離れた。だが、それ以来、俺の生活はおかしくなった。
夜中に妙な音が聞こえる。誰もいないはずの部屋で、何かが羽ばたくような音がする。ジャケットを着ると、まるで誰かが背後に立っているような感覚に襲われる。
そして、ある日、ポストに手紙が入っていた。
「工場のことは忘れろ。さもなければ、お前も羽になる。」
俺はその日以来、ダウンジャケットを捨て、二度と「グレー・ファー」のことを調べることはなかった。だが、今でもふとした瞬間に背中に冷たい視線を感じる。そして、そのたびに思う。
あの羽毛は一体、何だったのか。















